つらつら日暮らしHatena

宮城県栗原市にある曹洞禅系のお寺の関係者です。このブログの内容は個人的な研究結果などをアップしています。ご批判・ご意見並びに、記事の削除依頼はtenjin95@outlook.jpにお願いします。

曹洞宗の「授戒会」戒本の参究

これは、「受戒」ではなくて、「授戒」の参究なので、いわば「授ける側」に関連する問題を考えてみたいのである。よって、現在在家信者として受戒された方には、あまり関係がないので、以下の記事については、「そんなもんですか」くらいでご理解いただければと思う。

「授戒会」についてだが、現行の曹洞宗の授戒会は『仏祖正伝菩薩戒作法』などを基本にした『授戒作法』が、『行持軌範』に示されているのだが、拙僧が気になっているのは、その時に授ける「戒本」である。「戒本」というのは、戒の条文という意味である。現行の場合には、三帰・三聚浄戒・十重禁戒の「十六条戒」になっている。ところが、この戒本は、我々僧侶が、出家する際にも用いられ(これも不可解に思う)、また、伝戒といって、一人前の宗侶として認められた際にも用いられる(この伝戒については、室内に関わるので詳細は触れない)。

つまり、現状では、曹洞宗の授戒という授戒では、葬儀の際の没後作僧も含めて、全て同じ戒本を用いている(若干の文言の相違はある)のである。しかし、このため、出家と在家の区別が戒本上では付かないといった問題(現在では、生活スタイル上も区別が付かない場合が多いので、更に混乱に拍車をかける。身も蓋もない言い方をすれば、『宗制』上の規定で出家者と認められた者が、それに該当する)や、その戒を護持する意義についても、解説に『教授戒文』を用いているという問題があって、曖昧なままである。この『教授戒文』は、正直なところ、現実での実践にはほとんど寄与しない発想で提唱されるものである。例えば、「戒を護る」といえば、戒に定めたところの「善悪」にしたがって生きることだと考えたくなるが、『教授戒文』は違うのだ。

第三不貪婬 三輪清浄にして、希望する所なし。諸仏道同なる者なり

これは、その一例なのだが、性的な快楽を貪ってはならないという「不貪婬戒」について、あらゆる事象が清浄なのだから、何も希望することはできないとされており、諸仏の道と同じなのだから、結果的に、何かを貪ることなどできないというのだ。ここまでいわれると、では、実際にそのような犯罪などが起きることはどう説明するのだ?という疑問が出てくることだろう。しかし、おそらく『教授戒文』は、そんなこと初めから考えていない。あくまでも仏法上の事実としてのみ示しているのだ。これは、具体的な善悪の相を説かなかった『正法眼蔵』「諸悪莫作」巻に通底する発想とは近く、晩年に説かれたという「三時業」巻などに見えるような、「善因善果、悪因悪果」というような発想とは正反対だといえる。

よって、その状況では、『教授戒文』によって示される「十六条戒」を受けようと、現実に於いて「防非止悪」の働きを得ることは出来なくなるはずである(よって、一部でいわれているように「防非止悪」が出来ている人に対してのみ、『教授戒文』が説かれるべきだといいたいわけだ)。そして、そのような戒法が授けられているのだ。これが、問題だと思わない人はいるだろうか?色々と周囲の若手僧侶に聞いてみると、以上のような経緯を説明すると、問題だと同調してくれる人がいるが、説明する前には同調してくれないようである。よって、現状、重大な問題だと感じている人は多くはないのだろう。

ところで、このように在家信者に対して十六条戒を授けることは、いつから始まったのであろうか?曹洞宗史上、在家信者に対して、「出家ではない」方法で戒が授けられたのは、道元禅師の時代であるという。しかし、道元禅師ご自身は、「法語」などで、在家信者に戒を授けたことを窺わせる資料はなく、『正法眼蔵』などでも中国の事例を紹介するに留めており、これらが当時の僧団で実際に行われていたかは不明である。

しかし、道元禅師の伝記資料や周辺資料に見られるように、永平寺で布薩説戒を行っていたことがもし事実であるとすれば、その者達は、「戒」を媒介にした在家信者だということになろうが、これも「十六条戒」を授けたかは不明である。「布薩説戒」を行っていたとして、当時の日本仏教界の趨勢からは、当日に「八斎戒」を授けていたと推定される(南都仏教で流行しており、明恵上人なども行っていた)。そして、基本的な「入檀」には「五戒」を授けたのだろう(「出家功徳」巻参照)。

また、瑩山禅師(と、弟子の明峰素哲禅師)が書かれたとされる『三木一草事』にも道元禅師の授戒について指摘されていて、その時には「中国の事例の紹介」を、義介禅師から受けたという伝聞形式ではあるものの、三聚戒を授けていたとされている。

菩薩戒相伝の事は宗家の一大事因縁なり。ゆえに少林は僅かに六人なり。南岳はその一人なり、と。あるいは伝えていう。三聚戒なり、と。また俗なる一人と皮肉骨髄の四門人なり、と。薬山は十八人、洞山は二十人なり。開山永平和尚は別願授戒あり。ほとんど、まさに千人に及ばんとす。しかれども正伝の戒法は才かに五人なり。
    『三木一草事』末尾

この下線部にある「別願授戒」というのが、いわゆる在家信者に対する結縁として行われた授戒である。瑩山禅師の記述からすれば、「菩薩戒」を授けたことは間違いない。しかし、これだけでは、「菩薩戒」について『梵網経』の「十重四十八軽戒」だと断定することは出来ないし、十六条戒とも分からない。インド以来の仏典などを見ていくと、「三聚浄戒」をもって菩薩戒としているケースも多いからだ(例えば『大乗本生心地観経』巻3)。また、道元禅師ご自身といえば、(従来の研究論文で指摘されていることであるが)「三帰戒」をもって、重大事と判断したようである(「帰依仏法僧宝」巻を参照されたい)。一応「十六条戒」を説く「受戒」巻というのもあるが、同巻には「ひさしく仏祖の堂奥に参学するもの」とされており、また冒頭に『禅苑清規』の受戒の理念を引いていることからして、同巻は出家者に対する提唱である可能性が高い。ただし、道元禅師のご意見(要するに引用文以外の箇所ということ=地の文)だけ見れば限定はされず、曖昧な印象を受ける。そこで、両祖の事跡の直接の典拠にはならないが、明峰素哲禅師の法嗣である大智禅師(1290~1366)が次のようなことを述べている。

行道の人、在家の菩薩としては、分に随ひて五戒を行持すべし。当世の人、仏法をば放下すといへども、貪欲をば放下せず、我意にまかせて行ずるあり、最も憐愍すべきものなり。真実の道人は、仏すらなほ心頭におかず、況や貪愛五欲をや。
    『大智禅師法語』

ここでは、在家の菩薩について、五戒を行持せよとしている。さらに、「分に随ひて」とされているが、これが五戒全体を指すのか、それとも五戒の中から、更に守れそうな戒を選んだのかは分からない(解釈は両方とも可能。後者の場合には、天台宗の光定『伝述一心戒文』、円仁『顕揚大戒論』などで指摘される分戒がそれに当たる)けれども、しかし、十六条戒ではなかったことは確実である。

そして、以上の状況を勘案した上で、現状を考えてみたいけれども、現状の授戒会では十六条戒を授けている。この宗門戒壇の起源は江戸時代初期の月舟・卍山といった大乗寺系統の祖師が構築したものとされている(『宗統復古志』には、延宝8年(1680)の項目に「卍師、大乗を開堂し、始めて禅戒会を建てる」とあり、これ以前の祖師に類似した事項がないことから、この頃に宗門の禅戒会(授戒会)が再興されたと考えられている)。そして、その卍山和尚が書かれた『禅戒訣』を見ると、十六条戒を全ての状況に当てはめることは勧めていない。むしろ、菩薩というのは、その自らの状況に於いて、一部分だけを受けていれば良いとまでされていて、三聚浄戒と十重四十八軽戒を全て受けるのは「大僧=出家者」だとされているのである。

よって、江戸時代の初期はまだ、大智禅師の頃と同じく、在家信者には別の戒法が授けられていたのであろう。その痕跡を伺わせるのは、同じ大乗寺系統の祖師である徳翁良高(1649~1709)の指摘である。

一 菩薩戒は宗門の一大事なり。〈中略〉若し在家の如きは、且らく三帰を授け、血脈を付して勝縁を結ぶことも亦、可なり。
    『洞門亀鑑』

徳翁和尚は、在家信者に対しては三帰戒を授け、そして『血脈』を与えれば良いとしており、引用はしなかったが、同じ条文で授戒作法の確立も唱えている。これは、道元禅師の「帰依仏法僧宝」巻を受けて主張されたことかもしれない。授戒はあくまでも仏縁をつなぐ方便であり、今風にいうならば、「在家信者の誓い」というような類であろう。三帰戒の根本は、「仏法僧宝(三宝)」への帰依であるから、帰依をしていることそのものが、結縁してくれた僧侶、或いは寺院(僧衆)、或いはその戒法の系譜そのものへの信仰を発することへもつながる。そして、それ以上でも以下でもない。

その意味で、徳翁の時代にはまだ、現行の十六条戒を在家信者に授けることについて、コンセンサスが取れていなかったことになる。また、これは予告的な見解だが、卍山の法嗣である三洲和尚、或いは峨山派の面山和尚には、十六条戒に対する「説戒」が見えるものの、出家者向けであったと考えられている。よって、1750年頃まではまだ、在家信者に十六条戒は、ほとんど授けられていなかったと考えられる。

とりあえず、そんなことを示して、この記事は終える。なお、更に学びたい場合には、曹洞宗宗務庁から出ている『授戒会の研究』(昭和58年)という資料をお勧めしておきたい。同文献にも、この辺りのことについて考えられているし、研究論文や関連著作といった文献リストも充実しているので、ご参照願いたい。