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宮城県栗原市にある曹洞禅系のお寺の関係者です。このブログの内容は個人的な研究結果などをアップしています。ご批判・ご意見並びに、記事の削除依頼はtenjin95@outlook.jpにお願いします。

「不満二十衆」の意義について

「不満二十衆」という表現が『正法眼蔵』に見られる。訓ずれば、「二十衆に満たず」となり、修行僧の数が20人にすら及ばないことをいう。例えば、以下のような一文である。

これらの道得をもて、院門の潔白しりぬべし、いまこの蹤跡を学習すべし。僧衆おほからず、不満二十衆といふは、よくすることのかたきによりてなり。僧堂おほきならず、前架・後架なし。夜間は燈光あらず、冬天には炭火なし。あはれむべき老後の生涯といひぬべし。古仏の操行、それかくのごとし。
    『正法眼蔵』「柏樹子」巻

拙僧が好きな文章の一つであり、道元禅師が中国禅宗馬祖下の趙州従諗禅師の道業を讃歎された一節である。「院門の潔白」とは、寺院が潔白であったことを意味するが、この「潔白」とは『正法眼蔵抄』で「今の趙州又殊に不好如此潔白に被行道希代事也」とするように、質素な修行の様子を指している。

そこで、「不満二十衆」だが、道元禅師は趙州禅師の修行方法や寺院の伽藍の様子が決して容易な状態では無かったことから、「よくすることのかたきによりてなり」とされた。いわば、修行を能く行うことすら難しいほどに厳しかったからこそ、「不満二十衆」だということになる。

正命道支とは、早朝粥・午時飯なり、在叢林弄精魂なり、曲木坐上直指なり。老趙州の不満二十衆、これ正命の現成なり。薬山の不満十衆、これ正命の命脈なり。汾陽の七八衆、これ正命のかかれるところなり。もろもろの邪命をはなれたるがゆえに。
    「三十七品菩提分法」巻

道元禅師は更に、以上のような教えも示されて、趙州禅師の「不満二十衆」とは「正命(正しい生活)」の現成だと評した。ところで、これは拙僧の勉強不足のためだが、道元禅師は趙州禅師の叢林を「不満二十衆」とされたが典拠が分からない。そもそも「不満二十衆」という語句自体、禅籍には見られず、たいがいは律宗の文献で、懺悔する際の条件を挙げる項目に見られる。

しかし、道元禅師は優れた叢林では修行僧が少ないとし、讃歎している。上記は『正法眼蔵』から見たが、『正法眼蔵随聞記』にも有名な一節がある。

初て首座を請じ、今日初て秉払をおこなはしむ。衆のすくなきにはばかる事なかれ。身、初心なるを顧事なかれ。汾陽は纔に六七人、薬山は不満十衆なり。然れども仏祖の道を行じて是を叢林のさかりなると云き。
    『正法眼蔵随聞記』

懐奘禅師が嘉禎2年(1237)臘月除夜に、興聖寺初の首座として拝請され、秉払を任される際の小参で、道元禅師は汾陽善昭禅師、薬山惟儼禅師等を例として挙げつつ、懐奘禅師に対して、この頃の興聖寺は修行僧が少ないが、憚ること無く秉払するように命じたのである。つまり、法要の現成があれば、「叢林のさかりなる」であるから、しっかりと秉払をするように示されたのである。

それどころか「柏樹子」巻からすれば、法要現成のために修行環境が厳しくなればなるほど、「叢林のさかりなる」だとされることが分かる。なお、『随聞記』の段階では趙州禅師の一件は入っていなかったが、既に見たように、後に『正法眼蔵』を執筆していく過程で、趙州禅師の一件も入ったのである。

そういえば、拙僧も『正法眼蔵』をお話しする機会に恵まれた時、受業師老師が「聞く人の数は気にせず話せ(要は「衆のすくなきにはばかる事なかれ」のこと)」と仰っていたのを思い出す。ただですら難しいので、聞き手が少ないのは当然のこと。しかし、1人でも聞いていただければ、そこから『正法眼蔵』を読んだという経験が他の誰かに繋がっていく。それが大事だと常々思っている。