つらつら日暮らしHatena

宮城県栗原市にある曹洞禅系のお寺の関係者です。このブログの内容は個人的な研究結果などをアップしています。ご批判・ご意見並びに、記事の削除依頼はtenjin95@outlook.jpにお願いします。

今日は端午の節句(令和8年度版)

今日5月5日は五節句の一、端午の節句である。現在の日本では、法律によって「こどもの日」となっているが、これも元々の「端午」が「菖蒲の節句」と別称されることに因み、菖蒲と尚武をかけて、武士の世界でこどもの健やかなる成長を願ったことに由来するとされる。

なお、禅宗寺院で端午の節句が行われる理由としては、中国の行事に由来し、五月の端(はじめ)の五日、つまり五月夏至の端(はじまり)の意味を持ち、端午の称は午月午日午時の三午が端正に揃う日に合わせて行事したという。このように五月五日を端午と明らかに称するようになるのは唐代以後のこととされ、宋代以後には天中節とも呼ばれた。五月五日の五時が天の中央にあたることと、この日の月日時の全てが数字の“一三五七九”の天数(奇数)の中央である“五”にあたることから、天中節と称するという。

この端午には廳香・沈香・丁子などを錦の袋に入れ、蓬・菖蒲などを結び、五色の糸を垂らさせた「薬縷(薬玉)」を作り、柱にかけたり身に付けたりして邪気を払って長命息災を祈った。また、薬狩と称して薬草を集めることも行われた。道元禅師の上堂では4回ほど端午(天中節)に因んだものがあるが、その中には、文殊菩薩が善財童子に薬草を集めさせる話を元に展開しているものが見られるのである。

さて、今日は以下の上堂を見ておきたい。

 端午の上堂。
 三世諸仏を将って頭と為し、六代の祖師を以て体と為し、天下衲僧を手と為し脚と為す。
 払子を以って円相を打して云く、看よ画して一を作して神符と道う。鬼門上に向かって貼らん。
 且く道え、如何。
 赤口白舌尽く消除す、楊岐を𨁝跳す三脚の驢。
    『如浄和尚語録』、訓読は拙僧

これは、道元禅師の本師、天童如浄禅師(1162~1227、2026年は八百回忌)が臨安府の浄慈禅寺にいた時の上堂語である。意味としては、端午に行った上堂であるが、三世諸仏を頭とし、六代の禅宗祖師を体とし、天下にいる衲僧(禅僧)を手足として、払子で円相を描いてそれを打っていわれるには、「一を描いてこれを神の護符とし、鬼門の上に貼ろう」と。そして修行僧達に言われるには、「これはどういうことか」と。

そして、如浄禅師は悪魔除けの言葉として、「赤口白舌尽消滅(赤口白舌は本来、激しい罵りのこと)」を示し、更に楊岐山を踏み越えているのは脚が3本しか無いロバである(つまり、仏道の働きは、情識を絶している)と述べられたのであった。

一見しても分かりにくいかもしれないが、道元禅師の本師である天童如浄禅師も、端午の節句のような場面では、悪魔除けなどをされたことを見ておく必要があるといえよう。そして、道元禅師ご自身も、宇治興聖寺で仁治3年(1241)8月1日に、天中節の行持を行って「赤口白舌随節滅」と上堂で述べられ、やはり悪魔除けをされたのであった。

もちろん、悪魔とは仏道修行を妨げる存在のことを指し、それを避けることは、仏道修行の増進に繋がる教えであったことは言うまでも無い。今日は端午の節句で、本来であれば、体調などを気遣う季節変わりの日であったが、仏道修行を進める禅宗叢林に於いては、修行の進展を願う節句だったのである。