仏法僧の三宝への帰依を表明する「三帰依(三帰)」というのがあるが、これを我が宗門では「三帰戒」と呼んでいる。ただの帰依なのに、戒に数えられているのだ。拙僧なんかは意外と、この辺の記述の曖昧さには鈍感で、こう言われていると認識したら「そんなものですか」と納得してしまう。しかし、深く疑問に持ち、何処までも追究する人もいる。実は、以前に職場で、そういう問い合わせを受けたのだ。その時には、道元禅師が如浄禅師から受けたという『仏祖正伝菩薩戒作法』に、「三帰戒」とあるので、戒だという主張をした。相手は、「それは、本当に高祖の時代からあったのか?」と繰り返し尋ねられたので、道元禅師が撰述されたという『出家略作法』にも「帰戒」とあるから、帰依が戒として認識されていたことは間違い無いと答えた。
仏弟子となること、必ず三帰による。いづれの戒をうくるも、必ず三帰をうけて、そののち諸戒をうくるなり。しかあれば即ち、三帰によりて得戒あるなり。
『正法眼蔵』「帰依仏法僧宝」巻
なお、道元禅師は晩年の著作と思われるけれども、『正法眼蔵』にて、「三帰」の功徳を説くようになる。拙僧自身は、ここには浄土教系で用いられていた『観無量寿経』「三福」の影響があると思っていて、実世界の論文でも発表したことがあるが、まだまだ良く分からない。で、ここまでだと、何故「三帰」が「戒」になるのか説明出来ない。よって、少し別の角度から攻めてみたい。
三帰を戒と称する由〈第三十一〉
問、三帰を戒と称すること、経説に拠なしと謂人あり、いかん。
答、優婆塞戒経第六の五戒品に云く、夫世戒者不能破壊先諸悪業、受三帰戒則能壊之、この文を法苑珠林の一百五巻にも引く、天台の法界次第、また釈氏要覧等にも、三帰戒と称せり、拠なしと云は、考知せぬゆへなるべし。
面山瑞方禅師『仏祖正伝大戒訣或問』、『曹全』「禅戒」巻・138頁下段、カナをかなに改めるなどした
なんか、この項目については、以前から度々人前で話すのに使っていたので、とっくに拙ブログで採り上げていると思いきや、まだだったらしい・・・なので、ここで採り上げてしまうが、要するに面山禅師は、『優婆塞戒経』に於いて、「三帰戒」という用語が見え、それが中国でも引用されたり、用いられたりしているので、三帰を戒と呼ぶのは、これらのことがあってのことだ、ということにしておられる。
思想的にどう、というよりは、用語用例的に、という話になっている。
それで、拙僧的にはここで敢えて思想的に考えておきたいのだが、面山禅師も指摘されている『釈氏要覧』巻1「三帰戒」項には以下のようにある。
○薩婆多論に、問うて云く、若し三帰依を受けざる者は、五戒を得受するや否や。答、得じ。要らず先ず三帰を受けて、方めて五戒を得る。
○阿含経に云く、帰戒を受くるに於いては、前に先ず須らく懺悔すべし。然る後に三帰を受く。正に是れ戒体の後に三結して戒の帰する所を示す。
幾つもの文章が引かれているのだが、とりあえずこれらなどが三帰依を戒とする意義に繋がるような気がしている。なお、残念なのは、上記の2文脈とも、更なる原典には当たれなかった。ただし、前者については、『仏説目連問戒律中五百軽重事』「問五戒事品第十五」に該当する文脈が出ているようだが、ここを引いたのだろうか?
それで、結局、意味するところは、三帰を受けていないと、その後の五戒などに繋がっていかないため、或る意味、諸戒の土台としての三帰戒という機能が見えてくる。その点では、冒頭に引いた『正法眼蔵』の一節に戻ってしまうのだが、我々自身が仏教徒として戒を受けるために、三帰依が必要という時、これは既にその後の戒にとっての本質として機能している。よって、三帰依は戒だという指摘は可能になるといえよう。